中学受験学習塾のマネープラン ~ 中高大での費用効果と比べてみる! 

中学受験学習塾に通う目的とは何か

中学受験学習塾に通う目的は何なのか?

言うまでもなく国公立・私立中高一貫校に進学するためであるに違いない

しかし年間100万円を投じる価値が本当にあるのだろうか?

学校のクラス仲間が行っているからなど・・何となく通っていないだろうか?

私立校でなければ、という脅迫観念にとらわれていないだろうか

年間100万円は大きい

もし公立中学校に行けば、高校受験の準備に充てることになるが、それほどの費用にはならないだろう

もし私立に入り、弟や妹がいて、資金が尽き、

私立中学校へ進学できないということになれば、どうなるだろう

後々、不公平との不満になりかねない

そのためにもしっかりとマネープランを立てておかないといけない

受験学習塾に通うにふさわしい生徒とは

受験学習塾への考えは割り切って考えている

小学校のクラスで上位5位以内くらいにいて、

難関の中高一貫校を目指せる実力があれば通う価値はある

授業の内容もしっかりと理解でき、

さらなる飛躍が期待できるからだ

しかしそれ以下であれば、塾に100万円をかけることはあまりにも不合理だ

小学生のうちくらいは、夢を見たいというのもわかる

しかし学習塾での競争で高位を維持するのは、

クラスで5番以内というレベルでなければまずありえない

夢を持つためにしては、あまりにもコストが高すぎる

 

今は児童数減少により、中堅クラス以下の中高一貫校は受験者の確保に必死だ

オンライン授業の浸透で、私立校の人気が出ていると言われているが、

一方でコロナ不況によって

私立中学に進学できる家庭が大幅に増えるとは考えにくい

学校で平均レベルの生徒がとる策とは

クラスで平均以上のレベルであれば、

塾に通わなくても中堅クラス以下の中学校への門戸は開かれていると思っていい

どうしても気になれば、

不得意科目だけ週に一度くらいの個別指導塾でリカバリーして、

安く抑えるという手もあるだろう

小学校の授業の内容がしっかり理解できていれば、

全国模擬試験でも十分に合格圏にはいれるはずである

 

そして余裕をもって中堅クラス以下の中学校で

6年間の一貫教育の優位性を活かして、

大學受験を有利に迎えられるよう再び学校の授業中心で臨めばよいのだ。

もしくは、公立中学校で、

上位5位以内の生徒が中高一貫校に行って抜けたなかで、

努力すれば自身が上位組で戦っていけることになる

あらためて受験塾の価値を考える

最近の受験塾は、2つの上位塾へ優秀な生徒が集中する傾向にあり、

3番手・4番手以降の大手塾の合格実績は徐々に厳しくなっているように感じる

合格者数を見ても、

一握りの成績上位者が併願により実績を稼いでいるのがかいまみられ、

ますます塾に100万円払う意味が感じられなくなっている

 

特にスパルタを売りにしてきた進学塾では、

理解の速い優秀な生徒であればついていけるが、

平均レベルの生徒に対して多くのことを吸収させようとしても消化不良となり、

悪循環に入るのではないかと懸念される

 

そもそも画一的な教育システムからの脱皮が求められている状況にあって、

学校を選ぶことは偏差値ではなく、教育方針などとの相性がますます重要になってきている

いまだに従来の指導法にこだわって、

たくさんの時間をかけて量をこなすことを前面に出している塾であれば、

そこに費用を投じる価値があるのか、

充分に検討して入塾することが肝要と心得たい

進学塾の創成期 能率(能率進学教室)の記憶

中高一貫校への進学へと導いた同級生

この塾に通うきっかけは、小学校の同級生から誘われたからだった

もともとは普通に近くの公立中学に通うつもりであったのが、

結果的には、その後私立中学の受験・進学に進むこととなり、

想定していなかったコースに案内してくれたのはこの同級生となる

能率の受講生募集より

当時の受講生募集案内の冒頭には、下記のコピーが踊っている

◎ 国立・私立中学進学の権威!

◎ 各科専任講師による能率的学習法!

◎ 日曜テスト・コンピューターによる編差値算定!

◎ 日本学習能率研究会が編集する独自のテキスト使用

「偏差値」という言葉に初めて触れ、

 おそらくは当時の塾の中でも先進的な指標だったのだろう

「各科専任講師」という表現も、当時は珍しかったのかもしれない。

記憶に残っているのは、社会の先生で

授業中に質問に答えられないと、

「デコピン」と呼ぶ指先でおでこにぱちんと叩かれる儀式が

緊張感とワクワク感を高じさせた

 

駅前からスクールバスを使い、

帰りは自宅近くまで送ってくれた

校舎は少なくとも2つはあり、

平屋で農家を改造したような趣があった

夜おなかがすくと、

近くの売店でおやつを買ってつまんでいた

 

受験校を選ぶ際には面談があり、

何人かの先生を前に、受験校を絞っていた。

ただそのころはまだ中高一貫校への受験熱はそれほど高くはなく、

それまでの模擬試験の結果を見ながら、

2校くらいに絞り込まれていて、

通える距離かどうかなどで1校を選んだという、

今に比べれば併願などもないのんびりとした時代だった

進学塾創成期の仲間たち

受験が終わり2月中旬には、修了式のような集まりがあり、

広告にはその時の集合写真が掲載されている

上のほうから撮影していて、

皆見上げるようにして笑っている

一人一人の笑顔が生き生きとしていて、

その後進学した私立校の同級生もいることから

小学校の卒業式とは別のもう一つの卒業式の写真のようだ

※プライバシー保護のため、ぼかしています

新聞の折り込みチラシとして配られ、はっきりと顔が識別できる

なんとも穏やかな時代でした・・

 

その後ほとんどの人とは会う機会はないが、

中学受験から大学受験、そして就職、入社後と、

人それぞれにピークとハードルがあり、

挫折したもの、それを乗り越えたもの、悲喜こもごもなのだろう

彼らの笑顔を見ていると、

一つの曇りもなく未来に向けて飛び立とうとしている

それぞれの想いが感じられて、やけにまぶしい

 

広告は、年度初めの春期講習会で、

新6年生は午前中に基礎練成と午後に実力練成クラスが組まれている

それぞれ受講料9,000円、テキスト代500円で、

中学受験希望者は基礎・実力両方なので19,000円となり、

当時としては決して安い授業料ではなかっただろう

親には感謝している

能率へのレクイエム

その後、この塾はしばらく活気があったのだと思うが、

ご存知の通りその後の本格的な受験ブームと進学受験塾の台頭により、

姿を消すことになる

当時の敷地を探しても、住宅街の中に埋もれて、その面影は残されていない

あの頃の塾の先生たちも、小学校の先生と同じように、

元気でおられるか時おり思いだしては感謝している

人間味にあふれた温かな先生たちだった