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実家との別れの夕べ

実家との別れの夕べ

梅の花香る初春のある日、8歳から21年間世話になった実家が買主に渡る日を迎えた。
その前日、会社を早めに出たものの、日の入りが近づいてきて日の傾きを気にしながら、速足で実家に向かった。
すでに両親は他界し空き家となっている。
途中の酒屋で手に入れた日本酒を、玄関や父が大切に育てていた主な庭木に振舞った。
そしてお香を焚き、庭石や燈籠のうえでかすかに香りをただよわせた。
日が完全に落ちるまでの少しの間、ここでともに生きたものたちへの鎮魂としよう。

おもむろに庭石に座ると、足元で水仙の花が揺れていた。
何日ものあいだ、話し相手を探していたかのようだ。
周りを見ると、分譲時から住んでいる人はほとんどいなくなり、周りの景色はだいぶ変わった。
東京からここに越してきたころは、分譲して間もなく、まだ家の後ろには深い森があった。
蛇やハチに気を付けながら森の中に入っていくと、さまざまな森の恵みに出会えた。
春にはぜんまいやワラビを採ってきて食卓に飾ってもらった。
山の谷間には田んぼがあり、さまざまな生き物の宝庫だった。
夏には山百合を堀り、庭に植えた。
秋には庭の柿がなり、籠いっぱいに摘んだ。
そんな微笑ましい風景が走馬灯のように思い出された。
そしてとっぷりと日も暮れたので、父の名の表札に触れ、礼をして、家路についた。

青葉台の駅前も、かつては野球をしたりできる広場だった。
その面影も間もなく消え、ここしばらくこのエリアはもはや私の知る街ではないのだが、
思い出の詰まった街には違いない。
いずれかつての風景をまじえて、その変化をつづっていこう。

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