ミュージカルソングへの誘い~No.24 闇が広がる

ミュージカルソングへの誘い~No.24闇が広がる

作曲 シルヴェスター・リーヴァイ

作詞 ミヒャエル・クンツェ

エリザベート”1992

 

エリザベートから課題曲として5曲目となる。

トート役として、ルドルフはレッスンクラスの先輩に。

このクールでは、次に紹介する曲でも同じパートナーとのデュエットとなり、

2曲とも公開発表会で披露することとなる。

 

若きルドルフの苦悩は、暗い世相を反映して痛々しい

これに対し、トートは

地獄へ引きずりこむ残酷さとともに

そばにいてなだめる父親のような存在感を示す

どこか無力なエリザベートとの距離感に比べて

ルドルフに対してはトートの思いにこだわりを感じる

それがこの二人のデュエットに

一種の永遠性を感じる要因になっていると思えてならない

 

訳詞:小池修一郎

 

トート)

長い沈黙の時は終わったのさ

君は思い出す

子供のころのあの約束は

君が求めれば現れる

 

ルドルフ)

友達を忘れはしない

僕は今不安で壊れそうだ

 

トート)

側にいてやろう

 

二人)

闇が広がる

人はなにも見えない

誰かが叫ぶ

声を頼りにさまよう

闇が広がる

この世の終わりが近い

 

ルドルフ)

世界が沈むとき

舵をとらなくては

僕は何も出来ない

縛られて

 

トート)

不幸が始まるのに見ていていいのか?

未来の皇帝陛下

ルドルフ)

我慢できない

 

二人)

闇が広がる

人は何も知らない

誰かが叫ぶ

革命の歌に踊る

闇が広がる

この世の終わりが近い

 

トート)

見過ごすのか

立ち上がれよ

王座に座るんだ

 

ルドルフ)

王座!

 

二人)

闇が広がる

今こそ立ち上がるとき

沈む世界を

救うのはお前だ

闇が広がる

皇帝ルドルフは立ち上がる

ミュージカルソングへの誘い~No.23僕こそミュージック

ミュージカルソングへの誘い~No.23僕こそミュージック

作曲 シルヴェスター・リーヴァイ

作詞 ミヒャエル・クンツェ

『モーツァルト!』(Mozat!1999

自由奔放に生きるモーツァルトと

それに翻弄される周囲の人たちを描いた作品

エリザベート」や「レベッカ」を生んだ

シルヴェスター・リーヴァイとミヒャエル・クンツェの最強コンビによる作品。

モーツァルトを題材とした映画では、「アマデウス」(1984年)が親しみやすいが、

このミュージカル作品は終始モーツアルト自身の歌唱で圧倒され、

ほかのキャストによる美しい旋律が楽しめる贅沢な作品となっている。

僕が見たのでは帝劇での中川晃教。

そのハチャメチャなキャラを存分に出していて、適役だった。

その域にはもちろん及ばないが、

自分の曲にしていく過程は楽しかった。

伴奏に合わせようとするとテンポがちぐはぐになるので、

ある程度自分のテンポで好き勝手に歌う開き直りが必要かもしれない。

自由奔放なキャラにあやかって・・。

 

(訳詞:小池修一郎)

詩は書けない
感じたまま喋る 心に浮かんだまま
何かに動かされて
絵も描けないさ
光と影の色をパレットに作れない
夢の中で描くだけだよ
役者じゃない
芝居はできない
見かけ通りのヤツだよこの僕
ありのままなんだ
このままの僕を愛して欲しい

メジャーとマイナーコードにメロディーも
僕は語ろう 感じる全てを音に乗せ
リズムにポーズ響くハーモニー
フォルテにピアノ紡ぐファンタジー
僕こそミュージック

ミュージックだけが生き甲斐
哲学なんて何も知らないさ
馬鹿騒ぎが大好き
それが僕なんだ
礼儀知らず無礼者と言われても
訳もなく叫びたくなる
退屈ぶっ飛ばす
爆発しそうなんだ
自由と輝き求め歩もうどこまでも
行く先は知らない
僕が誰かさえ知らない
このままの僕を愛して欲しい

メジャーとマイナーコードにメロディーも
僕は語ろう 感じる全てを音に乗せ
リズムにポーズ響くハーモニー
フォルテにピアノ紡ぐファンタジー
僕こそミュージック

このままの僕を 愛してほしい

ミュージカルソングへの誘い~No.22 Being Alive

ミュージカルソングへの誘い~No.22 Being Alive

作曲・作詞 、スティーヴン・ソンドハイム

“カンパニー”1970

 

「カンパニー」はジョージ・ファース脚本のミュージカルコメディ。トニー賞でそれまでの過去最高の14部門にノミネートされ、6部門で受賞した。

その中で歌われるBeing Aliveは、ソンドハイムの代表曲の一つとして、マイケル・クロフォードのアルバムで知った。

小気味よいテンポで曲は進み、最後には若さ溢れる力強いエンディング。忘れていたエネルギーを蘇らせる魅力のある曲だと思う。

聞きなれた原文でも良かったのだが、あまり聞かれる曲ではないので、あえて訳して歌ってみた。

 

(訳)

誰かが抱きしめ

誰かが傷つけ

誰かが椅子奪い、眠り破り、目覚めさせる生きることに

Being Alive

 

誰かが引き止め

誰かが知りすぎ

誰かが拾い上げ、奈落に突き落とし、手を伸ばす

Being Alive

Being Alive

 

誰かを受け入れ

誰かと通い合う

誰か少しでも分かち合える相手がいる

Being Alive

Being Alive

 

誰かと愛溢れ

誰かが守ってる

誰かそこにいて、君も僕もおびえている 生きることを

Being Alive

Being Alive

Being Alive

 

僕を引き留め

僕を知りすぎ

僕を拾い上げ、奈落へ突き落し、手を伸ばす

 

生きるために

まどわされ

おぼれて

利用され

さとらされる

ひとりじゃ

生きていけない

 

僕を愛して

僕を守って

僕のそばにいて

僕と一緒に立ち向かい、生き抜こう

 

Being Alive

Being Alive

Being Alive!

MTX(メトトレキサート)さらに減量へ

 

 

1か月半ぶりの通院

起きれない、歩けない、腕が上がらない

あのつらかった発症から1年がたったんだなあ、

としみじみ思う

今年の夏休みは、

治療に専念

ラジウム温泉で過ごした

 

その甲斐あったか

MTX2mg減らして

先生からは痛みが強くなるかもよ、

と脅されていたが

毎晩お風呂上がりのロキソニンテープで

痛みを抑えてきた

 

血液検査の結果は、

MMP-3はクリアするものの

CRPRFは推奨値には至らず

現状維持といったところ

 

前回悪化した肝臓の数値は

お酒の回数や量に比例してか

若干良くなったが

依然、AST(GOT)ALT(GPT)は推奨値には入らず

 

痛みは治まっているので

MTXをさらに減らせないか、嘆願して

12mgから10mgに減らしてもらった

 

昨年痛みがピークの時

初めてステロイドを処方された時のMTXの量

であれば、あの時の痛みの度合いからみて

この量まで減らしても問題はないはずだ

 

肝臓の値は要注意なのだろう

お酒を飲みたいという欲求は

すっかりなくなってしまった

これまでだいぶ飲んできたからね

人生うまく帳尻があっているのだなあと

恐れ入る

 

ミュージカルソングへの誘い~No.21 I Dreamed a Dream

ミュージカルソングへの誘い~No.21 I Dreamed a Dream

作詞 ハーバート・クレッツマー(英語版) & アラン・ブーブリル(仏語版)

作曲 クロード ミシェル・シェーンベルク

“レ・ミゼラブル”1985

 

これはレ・ミゼラブルのなかで、ファンティーヌが歌う

これまで何度か紹介したマイケル・クロフォードのアルバムで

チャレンジしてみたくなった曲

オリジナルステージやムービーからも想起できる通り、

ひたすら感情を抑えながら

それでも涙がとどめなくほおを伝わる

熱い思いを乗せていく

マイケル・クロフォードは

彼の歌でいちばん低い声ではないかと思うくらい

絶望の淵のなかで、

押し殺すようにささやく歌だ

 

歌詞はHeやHimはSheやHerに変える

On My Ownのときと同じように

レミゼの歌は、ジェンダーを超えてしまう

不思議な力を宿している

 

 

I dreamed a dream in time gone by,

When hope was high and life, worth living.

I dreamed that love would never die,

I dreamed that God would be forgiving.

Then I was young and unafraid,

And dreams were made and used and wasted.

There was no ransom to be paid,

No song unsung, no wine, untasted.

 

But the tigers come at night,

With their voices soft as thunder,

As they tear your hope apart,

And they turn your dream to shame.

 

He slept a summer by my side,

He filled my days with endless wonder…

He took my childhood in his stride,

But he was gone when autumn came!

 

And still I dream he’ll come to me,

That we will live the years together,

But there are dreams that cannot be,

And there are storms we cannot weather!

 

I had a dream my life would be

So different from this hell I’m living,

So different now from what it seemed…

Now life has killed the dream I dreamed…

ミュージカルソングへの誘い~No.20 私が踊るとき

「私が踊るとき」は、

トートのパートでエリザベートとのせわしない掛け合いが続く曲。

作品全体に言えることだが、

エリザベートの自由に生きる意思がテーマになっているので、

トートはややもすればお飾り的で、

エリザベートの前では無力さが露呈されてしまう。

言葉は抑圧的に重くのしかかろうとするのだが、

エリザベートの信念の前では非力で、

最後はトートが自身に向けてほしいと嘆願する

実際の歌の中でも

血が流れていないモノトーンの存在感

あまり前に押し出さない無力感が

この曲では大事と思う。

 

 

勝ったのね
 勝利だ 俺の
私 他人に認めさせた
 世界は動いているんだ 俺の思うまま
誰のためでも
 俺だけのために
ないわ 自分のためにしたの
 確かにお前は 敵を出し抜いて 勝ち誇る
人形のように 踊らされた私が
自分の道を見つけた

ひとりでも 私は踊るわ
踊りたいままに 好きな音楽で
踊るときは 命果てるその刹那も
ひとり舞う あなたの前で

 

 飛ぶがいい
飛ぶわ
 鴎よ

 嵐の夜も そばにいよう
もうひとりだけで飛べるわ 自由になるのよ
 俺だけが
あなたが
 自由を
自由を
 与えることができる
やっと歩き出した 私だけの道を 邪魔しないで
 どんなに強く 拒んで見せても
 いつか俺を求める

 手を取って 俺と踊るんだ
 俺が望むときに 好きな音楽で
踊るときは 命果てるその刹那も
ひとり舞う あなたの前で

歩いて行けるわ
 お前には俺が必要なんだ
ひとりでも
 もうすぐに
愛し始めたの
 憎みだす

人生を

踊るときは 選んだ相手と
踊りたいままに 好きな音楽で
踊るときは この世終わるその刹那も
ただひとり 愛する人と
踊るときは 全てこの私が選ぶ

ミュージカルソングへの誘い~No.19 パパみたいに

市ヶ谷トモノホールでメンバー総出のコンサート。

ソロでは、#2で歌った“ミスサイゴン”から「ブイドイ」、

アンサンブルで “レ・ミゼラブル”からIn My Life ~ Heartful of Loveに加え、

“エリザベート”から「パパみたいに」と「私が踊るとき」

を歌った。

「パパみたいに」では、

エリザベートの父マクシミリアン公爵のパートで幼少のころのエリザベートの歌に絡んだ。

彼の生活は、皇族の堅苦しい生活を嫌い、田舎にこもって狩りや異国への旅に興じること。

この行動を見ていたエリザベートにも晩年に大きな影響を与え、彼女もまた晩年わずかな使用人とともに異国への旅に明け暮れ、自ら非業な最期を招いてしまったのは皮肉な巡り合わせだ。

たとえ孤独であったとしても、束縛を嫌い自由に生きる贅沢な生活は彼女に限らず、心底うらやましい・・と思う。

それだけ社交界は面倒なことが多く、動物や自然とともに過ごす時間が最も癒される時間であった気持ちはわからなくもない。

親戚である狂王ルートヴィヒからも、その苦悩が痛いほど伝わってくる。

ともあれ、ステージの上だけではあるが、

娘のおねだりに手を焼きながら、家族の目を盗んで

カバン一つで家を抜け出そうとしている気まぐれなパパさんになれる至福の時間だった。

 

お昼には 親戚が集まる
ママは言うことあるらしい
堅苦しい場所から 逃げてみたいわ
家庭教師の目を盗み
パパ 一緒に連れて行ってよ
 駄目だよ
パパのすること全部好き
 今度は無理だ
夢を詩に書きとめ 馬術の競争
パパみたいに なりたい

 

今日は木登りは禁止なの
 シシィ お前はお転婆すぎるよ
綱渡りの練習も
 姉さんは花嫁修業
弟たちとは サーカスごっこができる
 気を付けろよ
家庭教師の目を盗み
 あとは知らないよ
どうして連れて行ってくれないの
 明日の午後には帰るよ
外国に旅するのね
 もう行くよ
自由に生きたい ジプシーのように
気まぐれに 望むまま
パパみたいに 生きたい

MTX(メトトレキサート)減量にトライはじまりました

 2カ月ぶり、今年4回目の通院

連休中の土曜日のためか

いつもより血液検査も、診療も、ヒトが多い

案の定、先生もややお疲れモードに見えた

 

血液検査の結果

CRPMMP-3は推奨値をクリア

RFのほうは大きな変化なく、推奨値には遠い

先生が顔を曇らせたのは、肝機能の数値が悪いこと

 

一瞬、このところ続いていた宴会の影響も頭をよぎったけれど

1回だけだし

何よりも問題の本質は、MTXの摂取量

MTXの量を下げたいと、願っています』

と前回に続いてつぶやくと

 

「ちょっとだけ、減らしてみるか」

2mgだけ減らして、

昨年9月以来の週12mgになった

 

「減らしてから2-3週間で痛みが増すかもよ」

と脅かされたが、

「覚悟のうえでござる」

 

ミュージカルソングへの誘い ~ No.18 In My Life / Heartful of Love

ミュージカルソングへの誘い

~No.18  In My Life / Heartful of Love

(作詞 ハーバート・クレッツマー(英語版) & アラン・ブーブリル(仏語版)

作曲 クロード ミシェル・シェーンベルク)

“レ・ミゼラブル”1986

この曲は、マリウスのパートで、ジョイン。

コゼット、そしてエポニーヌの3人でそれぞれが心情を吐露していく。

それぞれのキャストが織りなす人間模様のなかで、エポニーヌはテナルディエとその夫人の娘。

よく描かれるのは、悪人の娘は対極にあって純粋で傷つきやすく、それゆえに非業の死を遂げ、それを目の当たりにしてから親が自らの罪を悔い更生するという流れ。

レミゼで描かれるエポニーヌはその典型のひとりかもしれない。

代表曲であるOn My Ownをはじめ、彼女の曲はどこまでも純粋で、その曲に触れると浄化してもらえそうな気になる。

一方、マリウスとコゼットのほうは、エポニーヌの苦悩は知る由もなく、二人の世界に恥じらいもなく突き進んでいく。

その残酷さを知りながら歌うのは、共謀罪に入り込んでいくような錯覚に陥る。

 

不思議ね
どうしたのよ コゼット?
独りでいたから
知らないこと 多すぎたわ
いつも 何か
探してた 私の人生
いつも 遠くから
私 呼んでる声があるの
そして 遥かな世界の
歌は 私を待つのでしょうか
彼は 知っているのかしら
彼は 同じ思いかしら
そうよ私は もう独りじゃない
どうぞ 見つけだして

燃える 太陽の矢が胸に飛び込んだ
そして 僕の人生に天使たちの音楽
エポニーヌ 君のおかげだよ
僕を ここへ連れてきてくれた
僕は翔ぶよ 虹の空へ

突き刺さる 彼の言葉が
彼が求めたら捧げてしまう
みんなあげていいの
熱く命にふれた人
行こう 待つわ

溢れゆくこの想い 君を困らせた
あぁ 君の名前も知らない
教えて どうか僕に
この愛を恐れない
僕はマリウス・ポンメルシー
コゼットです
何を言えばいい
何にも
愛に触れて
夜さえも 眩しいよ
もう 離さないよ
コゼット コゼット
夢か いいえ
この愛を
切れない絆ね
一目で感じた

片想いだわ

仕方ないのね

私も

あたしはひとり
何か

いつも

何か 言って

いつも

夢ではない この愛は
夢ではないよ 夢なら消えた

 

ミュージカルへの誘い~No.17 Bui Doi ブイ・ドイ

ミュージカルソングへの誘い

~No.17 Bui Doi ブイ・ドイ

(作詞 アラン・ブーブリル&リチャード・モルトビー・ジュニア

作曲 クロード ミシェル・シェーンベルク)

“Miss Saigon” 1989

原作 プッチーニ 蝶々夫人

「ブイ・ドイ」はこれまで発表会で何度か歌ってきた。

市ヶ谷とものホール、渋谷La mamaその時々の思い出がよみがえってくる。

West Endでの衝撃的な出会い以降、歌いこむことで感情の入れ具合も程よい加減になってきて、「わたしは私」(ラ・カージュ・オ・フォール)とともに、自分のミュージカルソングIDのように思っている。

力強いメロディーとともに、歌詞はとても重苦しい。

Bui Doiは北ベトナムが南ベトナムで生まれた米軍との子供たちに名付けた蔑称。

多分に差別的な思いが背景にあり、「ごみくず」であったり、途中の和訳から使われなくなったが「混血」であったり、心に刺さる言葉が発せられるのもこの歌の特徴だ。

それでも魅力的なのは、残酷であればあるほど、このミュージカルのテーマが際立ってくるからだ。

 

日本語訳のほうが、メッセージソングとしての成り立ちを表しやすいのもこの曲の特徴であると思う。

戸井勝海さんによるカバー(ベスト・ミュージカル 「4 Knights」から)がお気に入り。

そしてコーラスの力も借りて荘厳なラストを飾る。