進学塾の創成期 能率(能率進学教室)の記憶

中高一貫校への進学へと導いた同級生

この塾に通うきっかけは、小学校の同級生から誘われたからだった

もともとは普通に近くの公立中学に通うつもりであったのが、

結果的には、その後私立中学の受験・進学に進むこととなり、

想定していなかったコースに案内してくれたのはこの同級生となる

能率の受講生募集より

当時の受講生募集案内の冒頭には、下記のコピーが踊っている

◎ 国立・私立中学進学の権威!

◎ 各科専任講師による能率的学習法!

◎ 日曜テスト・コンピューターによる編差値算定!

◎ 日本学習能率研究会が編集する独自のテキスト使用

「偏差値」という言葉に初めて触れ、

 おそらくは当時の塾の中でも先進的な指標だったのだろう

「各科専任講師」という表現も、当時は珍しかったのかもしれない。

記憶に残っているのは、社会の先生で

授業中に質問に答えられないと、

「デコピン」と呼ぶ指先でおでこにぱちんと叩かれる儀式が

緊張感とワクワク感を高じさせた

 

駅前からスクールバスを使い、

帰りは自宅近くまで送ってくれた

校舎は少なくとも2つはあり、

平屋で農家を改造したような趣があった

夜おなかがすくと、

近くの売店でおやつを買ってつまんでいた

 

受験校を選ぶ際には面談があり、

何人かの先生を前に、受験校を絞っていた。

ただそのころはまだ中高一貫校への受験熱はそれほど高くはなく、

それまでの模擬試験の結果を見ながら、

2校くらいに絞り込まれていて、

通える距離かどうかなどで1校を選んだという、

今に比べれば併願などもないのんびりとした時代だった

進学塾創成期の仲間たち

受験が終わり2月中旬には、修了式のような集まりがあり、

広告にはその時の集合写真が掲載されている

上のほうから撮影していて、

皆見上げるようにして笑っている

一人一人の笑顔が生き生きとしていて、

その後進学した私立校の同級生もいることから

小学校の卒業式とは別のもう一つの卒業式の写真のようだ

※プライバシー保護のため、ぼかしています

新聞の折り込みチラシとして配られ、はっきりと顔が識別できる

なんとも穏やかな時代でした・・

 

その後ほとんどの人とは会う機会はないが、

中学受験から大学受験、そして就職、入社後と、

人それぞれにピークとハードルがあり、

挫折したもの、それを乗り越えたもの、悲喜こもごもなのだろう

彼らの笑顔を見ていると、

一つの曇りもなく未来に向けて飛び立とうとしている

それぞれの想いが感じられて、やけにまぶしい

 

広告は、年度初めの春期講習会で、

新6年生は午前中に基礎練成と午後に実力練成クラスが組まれている

それぞれ受講料9,000円、テキスト代500円で、

中学受験希望者は基礎・実力両方なので19,000円となり、

当時としては決して安い授業料ではなかっただろう

親には感謝している

能率へのレクイエム

その後、この塾はしばらく活気があったのだと思うが、

ご存知の通りその後の本格的な受験ブームと進学受験塾の台頭により、

姿を消すことになる

当時の敷地を探しても、住宅街の中に埋もれて、その面影は残されていない

あの頃の塾の先生たちも、小学校の先生と同じように、

元気でおられるか時おり思いだしては感謝している

人間味にあふれた温かな先生たちだった

 

投稿者: 管理人みやび

ミュージカルソングを歌うことによるミュージックテラピー、そして関節リウマチ寛解に向けた免疫力強化、さらにスピリチュアルな空間に身をゆだねることにより、病気にかかりにくい健康な毎日に取り組んでいます。アジアで市場開拓などさまざまな職務を経験し、キャリアアドバイザーにも取り組み始めています。If you are interested in pictures inside, please refer to https://www.instagram.com/pure_masa

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